あくびをやった。すると急に彼は空腹を感ずるばかりでなく、中々田中が帰りそうもないので、一応出て行こうと思って寝呆けた顔を突き出し帳場の方を窺ってみた。ところが丁度もっけの幸いに帳場には誰もいなかったので、彼は素早く脱兎のように抜けて外気の中へ飛び出したのである。もはや午後の日差しがうっすら淋しく大道にかげり、空風《からっかぜ》があちらこちらに埃を吹き上げている。どこかで安い食事を取って、それから一先ず田中達が行っておりそうな所を方々捜し廻らねばならないと彼は考えた。けれど自分にもどういう訳かははっきり分らないが、彼は再び歩き出しつつ怪しからんと憤《いきどお》ろしげに呟いた。恐らく田中が自分に朝鮮へ来るからという知らせの葉書一枚もくれなかったことをいうのであろう。確かに彼は自分が朝鮮に帰って今は歴とした大家になっているなどと、あられもないことを何度も云ってやった筈だのに。
わが京城は黄金通りを境界線として、その以北が純然たる朝鮮人街である。長谷川町から黄金通りへ出、茶房リラの前へ通りかかった時、玄竜は一寸覗くだけにしようと首を突き入れ一|亘《わた》り紫煙の中を見渡したが、そのとたんにわ
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