ち、私は同僚のK君と南方の農村に移ったことがある。異郷の旅に流浪する身は、別にしかたがないから、蝸牛《かたつむり》の旅のよう全財産を携えながら、わずかとはいえそれでもトランクやスーツ・ケースに相応の荷物を納め、なにがしの停車場《ステーション》より汽車に乗り込んだものである。行けども行けども山は見えず、日本と同じ島国とはいえ、その地勢の著しく相違せるを珍しく思いながら、進み行くほどに、やがてなにがしという駅に着く。ここでわれわれは乗り換えなければならぬのであるが、その時私の驚いたのは、ロンドンの停車場《ステーション》ですでに汽車に預けてしまった荷物も、乗り換えの時には旅客が各自に自分の荷物は自分で注意して、乗り換うべき列車の方へ持ち運ばなければならんという事であった。日本などでは、一たん荷物を預け入れてさえおけば、あとは途中何度乗り換えをしても、預けただけの荷物はなんの気づかいなしに、ちゃんと目的地まで運送されているのだが、英国ではそうはゆかぬのである。見れば多くの旅客は勝手に貨車の中にはいり込んで、軽い貨物はさっさと自分で持って逃げる。重いトランク類を持った者は、赤帽を呼んで来て(赤帽
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