といっても、赤い帽子をかぶっているのではない、手荷物運搬夫は英国では赤いネキタイをやっているようである)、これとこれとが自分のだから何々行きの列車に持ち込んでくれと、それぞれ自分でさしずをするのである。全然自由放任だが、それで荷物が紛失もせず間違いもせず諸事円満に運んで行くのならば、英人の自治能力もまた驚くべしといわなければならぬ。もう少し油断すると、私らの荷物はとんでもない方面へ運送されてしまうところであったが、幸いに早く気づいたので、別に失態も演ぜず、無事に列車を乗り換え、三等室の一隅《いちぐう》に陣取りながら、私は始めて each for himself(おのおの彼自らに向かって)というかねてから日本語にはうまく訳しにくいと思っていたこの一句を思い出したわけである。
げに英国は each for himself の国である。しかるに今この英国において、子供の養育というがごときことに家庭の自治に一任しおくべきようなる問題に国家が立ち入り、公共の費用でこれをまかなって行くことにしたというのは、ひっきょうこの国の政治家が貧乏が国家の大病たることを、いかにも痛切に認めきたりし証拠だとい
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