回しにされて、無用のぜいたく品のみがどしどし生産されて来るゆえんである。
[#地から1字上げ](十月十七日)

       七の二

 けだし生活必要品に対するわれわれの需要にはおのずから一定の制限あるものである。かつて皆川淇園《みながわきえん》は、酒数献にいたれるときは味なく、肴《さかな》数種におよぶときは美《うま》みなく、煙草《たばこ》数ふくに及ぶときは苦《にが》みを生じ、茶数|椀《わん》におよぶときは香《かん》ばしからずと言ったが、誠にその通りで、たとえばいくら酒好きの人で、初めのうちは非常にうまいと思って飲んでいても、だんだん杯を重ねるとそれに従うて次第次第に飽満点に近づいて来る。そうして一たんその飽満点に達したならば、それから上は、いかなる上戸《じょうご》でも、もういやだという事になる。いくら食物が人間の生活に必要だといっても、いわゆる食前方丈所[#レ]甘不[#レ]過[#二]一肉之味[#一]〈食前方丈なるも甘んずる所一肉の味に過ぎず〉で、日に五合か六合の飯を食えばそれで足りる。それより以上は食べたくもなし、食べられるものでもなし、食べたからとてからだをこわすばかりである。さ
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