情[#一]
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といふ七絶の題には、「少年の時、嘗て一村院を過《よ》ぎり、壁上に詩あるを見る。云ふ、夜涼疑[#レ]有[#レ]雨、院静似[#レ]無[#レ]僧と。何人の詩なるやを知らざる也。黄州禅智寺に宿せしに、寺僧皆な在らず、夜半雨|作《おこ》り、尚ほ此の詩を記《おぼ》ゆ。故に一絶を作る」としてある。知是何人旧詩句の知るは、知らずの意であること、言ふまでもない。東坡の詩によつて伝へられた此の句は、私のやうなものでも記憶してゐるから、長生して書物ばかり読んでゐた放翁が、ふとこんな事を見付けて居るのは、何も不思議はない。潘逍遥は名を※[#「門<良」、第3水準1−93−50]《ラウ》と云ふ。宋の太宗に召されて進士第を賜ひ、事に坐して中条山に遁れ、後収繋されしも、真宗その罪を釈し、※[#「さんずい+除」、第3水準1−86−94]州参軍となす。詩集及び詞集あり。日本では中野逍遥、坪内逍遥などいふ文学者が居た。これらの人はこの潘逍遥を知つて居たのであらうか。
(十二)
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(跋淵明集) 吾年十三四の時、先少傅に侍し城南の小隠に居る。偶※[
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