だから、さういふ危惧のある場合は、著者自身が発売禁止の処分に先だち、市場からの自著の引上げ並びに絶版を決行する習はしである。京都帝大の経済学教授では、ずつと以前に河田嗣郎氏が、近頃では石川興二氏が、さうした処置を取られた。)かうした事情を考慮に入れたなら、旅先の枕許へ二通の電報が舞ひ込んだのも無意味でないことが分からう。
大学教授の書いたもので、社会の安寧秩序を妨害すと認定され、発売を禁止されたのは、多分これが初めてであつたであらう。で、警保局検閲課の役人も遠慮がちな態度を採り、「断片」以外の論文や小説にも二三いけない個所があると言つて、なるべく事態を漠然たらしめようとした。大学教授は研究発表の自由を有つてゐるのだから、何もあのやうな形式で物を言はれなくとも済む筈だ、などいふ言ひ訳らしい当局者談なるものも、新聞に載せられた。今になつては夢のやうな話だが、二十年余り前の大学教授といふものは、それほどの権威を有ち、軍部的警察的帝国主義の治下に在りながら、大学の一角に拠り、敢然として言論の自由を享受してゐたのである。(当時私は民間の社会主義者よりも遥に広い言論の自由を有つてゐた。堺利彦、山
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