居たなら、彼は必ず別種の行動を採つたに相違ない。)
四
以上の事実を委しく知つてゐる者は、極めて少数であらう。偶然にも私は、難波が私の義弟の家と姻戚関係があつたばかりに、これらの事実を委細伝聞することが出来たのである。ところで、更にまた偶然の廻り合せで、私は難波大助の屍体が葬られた当時の有様をも、或時委しく知ることが出来た。
昭和十年の冬、小菅刑務所に服役中だつた私は、ひどい胃痛に襲はれたため、暫く病舎に収容されてゐた。この病舎には独居房は一つしかなく、当時それは瀕死の重病人で塞がれてゐたために、私のやうな治安維持法違反の受刑者は、本来ならば他と隔離して独居房に収容さるべき筈のところ、差当り十数台のベットの並べてある雑居房に入れられた。で私は、――雑談の取締が病舎では案外に寛大であつたおかげで、――側のベットに寝てゐた一人の受刑者から、難波のために墓を掘つた日の出来事を、委しく聞くことが出来た。
難波が死刑に処せられたのは、恐らく市ヶ谷監獄であつたであらう。小菅には死刑台の設備はなかつた。しかし荒川放水路を隔てた向ふの河岸には、一つの小さな寺院があつて、そこにこの刑
前へ
次へ
全26ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
河上 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング