か、夫人の態度も頗《すこぶ》る之に似たものがあった。食後の菓子を半分食べ残し、之はそっちでお前が食べてもいいよと云って、女中に渡された仕草のうちに感じられる横柄な態度、私はそれを見て、来客の前で犬に扱われている女中の姿を、この上もなく気の毒なものに思った。貧しいがために人がその人格を無視されていることに対し、人並以上の憤懣《ふんまん》を感ぜずには居られない私である。私はこうした雰囲気に包まれて、眼を開けて居られないほどの不快と憂欝《ゆううつ》を味った。
 私は先きに、人間は人情を食べる動物であると云った。こうした雰囲気の裡《うち》に在っては、どんな結構な御馳走でも、おいしく頂かれるものではない。しかし私はともかく箸《はし》を取って、供された七種粥《ななくさがゆ》を食べた。浅ましい話をするが、しゃれた香の物以外に、おかずとしては何も食べるものがなかったので、食いしんぼうの私は索然として箸をおいた。
 人は落ち目になると僻《ひが》み根性を起し易い。ところで私自身は、他人から見たら蕭条《しょうじょう》たる落魄《らくはく》の一老爺《いちろうや》、気の毒にも憐むべき失意不遇の逆境人と映じているだ
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