味であった。炬燵《こたつ》も蒲団《ふとん》へ足を入れると、そこは椅子になっていて、下げた脚の底に行火《あんか》があった。障子の硝子《ガラス》越しに庭が見え、その庭には京都から取り寄せられたという白砂が敷き詰められていた。
炬燵の櫓《やぐら》を卓子にして、私は昼食を供せられた。青楓氏、夫人、令嬢、それから私、この四人が炬燵の四方に座を占めた。
私は出獄|匆々《そうそう》にも銀座の竹葉亭で青楓氏の饗応《きょうおう》を受けたりしているが、その家庭で馳走になるのは之が最初であり、この時初めて同氏の家庭の内部を見たわけである。ところで私の驚いたことは、夫人や令嬢の女中に対する態度がおそろしく奴隷的なことであった。令嬢はやがて女学校に入学さるべき年輩に思えたが、まだ食事を始めぬ前から、茶碗に何か着いていると云って洗いかえさせたり、出入りの時に襖《ふすま》をしめ忘れたと云って叱ったり、事毎に女中に向って絶間なく口ぎたない小言を浴びせ掛けられるので、客に来ている私は、その剣幕に、顔を上げて見て居られない思いがした。しかし之はいつものことらしく、青楓氏も夫人も別に之を制止するでもなかった。そればかり
前へ
次へ
全26ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
河上 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング