ろうが、自分では必ずしもそう観念しては居ない。どんな金持でも、どんな権力者でも、恐らく私のように、目分のしたいと思うこと、せねばならぬと思うことを、与えられている自分の力一杯に振舞い得たものは、そう多くはあるまいと思うほど、私は今日まで社会人としての自分の意志を貫き通して来た。首を回らして過去を顧みるとき、私は俯仰《ふぎょう》天地に愧《は》ずる所なく、今ではいつ死んでも悔いないだけの、心の満足を得ている積りだ。破れたる※[#「糸+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍《おんぼう》を衣《き》、狐貉《こかく》を衣る者と、与《とも》に立って恥じざる」位の自負心は、窃《ひそか》に肚《はら》の底に蓄えている。しかし何と云っても、社会的には一日毎に世人がらその姓名を忘られてゆく身の上であり、物質的には辛うじて米塩に事欠かぬ程度の貧乏人であるから、他人から、粗末に取扱われた場合、今までは気にも留めなかった些事《さじ》が、一々意識に上ぼるであろう。そうなれば、いやでもそこに一個の模型的な失意の老人が出来上る。私は注意してそれを避けねばならない。――私はこんな風に自分を警戒して居ながらも、簡素な七種粥
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