長安を指すものに相違ない。当時作者は任に巴蜀の地に赴き、細君は長安に留守居してゐたのであり、その細君から、いつ頃帰るかといふ、夫の帰りを待ち侘びた手紙が来たのである。それに対して「君は帰期を問へども未だ期あらず」と云つたので、それを「君に帰期を問ふに未だ期あらず」などと読んでは、全く駄目になる。原文も君問となつてをり、問君としてあるのではないから、何も強ひて君に問ふと読む必要はないのである。
「君は帰期を問へども未だ期あらず。」私は未決監でこの句を読んで、実に身に染む思ひがした。未だ期あらずと云ふことは、実にあはれ深いことなのである。
ところで、細君からの手紙を見て、そぞろにあはれを感じた時は、丁度秋の夜で、しかも雨がしとしとと降つて居たのである。※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]を開けば巴山は雨に隠れ、軒前の池には盛んに水が溢れてゐる。作者は此の景に対し此の時の情を実に忘れ難きものに感じた。そこで何当共剪西※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]燭却話巴山夜雨時と詠じたのであり、かく解してこそ、これらの句が実に生き生きとしたものになつて来るのである。私は
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