、還た渓中の雨と作る。)これも亦た重字の妙を得たものと云へる。
 また鄭谷の淮上与友人別詩にいふ、揚子江[#「江」に白丸傍点]頭楊[#「楊」に白丸傍点]柳春、楊[#「楊」に白丸傍点]花愁殺渡江[#「江」に白丸傍点]人、数声風笛離亭晩、君向[#「向」に白丸傍点]瀟湘我向[#「向」に白丸傍点]秦と。江字、楊字、向字各※[#二の字点、1−2−22]重出して却て詩美を成す。
 白楽天の憶江柳詩、また同じ。曾栽楊柳江南岸[#「江南岸」に白丸傍点]、一別江南[#「江南」に白丸傍点]両度春、遥憶青青江岸[#「江岸」に白丸傍点]上、不知攀折是何人。
 以上の例と違ひ、わざとらしく同字を重ねたものは、概して鼻につく。次に若干の例を挙げて見る。


[#ここから3字下げ]
 亂後曲江     王駕

憶昔曾遊[#「遊」に白三角傍点]曲水濱未春[#「春」に白丸傍点]長有探春[#「春」に白丸傍点]人[#「人」に白三角傍点]遊[#「遊」に白三角傍点]春[#「春」に白丸傍点]人[#「人」に白三角傍点]盡空池在直至春[#「春」に白丸傍点]深不似春[#「春」に白丸傍点]
(憶ふ昔し曾て曲水の浜《ほとり》に遊ぶや、未だ春ならざるに長《とこし》へに春を探るの人有りしに、春に遊ぶの人尽きて空く池在り、直ちに春の深きに至りて春に似ず。)


 古意     王駕

夫[#「夫」に白丸傍点]戍蕭關妾[#「妾」に白三角傍点]在呉西風吹妾妾[#「妾妾」に白三角傍点]憂夫[#「夫」に白丸傍点]一行書信千行涙寒到[#「到」に白丸傍点]君邊衣到[#「到」に白丸傍点]無
[#ここで字下げ終わり]

 前の詩には春字五、遊、人の二字は各※[#二の字点、1−2−22]二、後の詩には妾字五[#「五」に「〔三〕」の注記]、夫、到の二字が各※[#二の字点、1−2−22]二、重複してゐるが、そのために特別の味が出てゐるとは思はれない。


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 春夜     劉象

幾處[#「處」に白三角傍点]兵戈阻路岐憶山[#「山」に白丸傍点]心切與山[#「山」に白丸傍点]違時難何處[#「處」に白三角傍点]披懷抱日日日[#「日日日」に白丸傍点]斜空醉歸
(幾処か兵戈路岐を阻て、山を憶ふ心切にして山と違ふ。時難にして何れの処か懐抱を披かん、日々日斜にして空く酔うて帰る。)


 春夜     劉象

一別杜陵歸未期祇憑魂夢接親和近來欲睡[#「睡」に白三角傍点]兼難睡[#「睡」に白三角傍点]夜夜夜[#「夜夜夜」に白丸傍点]深聞子規
(一たび杜陵に別れて帰ること未だ期なく、祇《た》だ魂夢に憑りて親和に接す。近来睡らんとするも兼て睡り難く、夜々夜深けて子規を聞く。)


 曉登迎春閣     劉象

未櫛憑欄眺錦城煙籠萬井二江明香風滿[#「滿」に白三角傍点]閣花滿[#「滿」に白三角傍点]樹樹樹樹[#「樹樹樹樹」に白丸傍点]梢啼曉鶯
(未だ櫛らず欄に憑りて錦城を眺めば、煙は万井を籠めて二江明かなり。香風閣に満ち花は樹に満ち、樹々樹梢に暁鶯啼く。)
[#ここで字下げ終わり]

 私は以上の三首、いづれも甚だ好まない。殊に第二首は甚だ嫌である。次に掲げる方秋崖以下のものも、私はみな好まない。


[#ここから3字下げ]
 梅花     方秋崖

有梅[#「梅」に白三角傍点]無雪[#「雪」に白丸傍点]不精神有雪[#「雪」に白丸傍点]無詩[#「詩」に白三角傍点]俗了人薄暮詩[#「詩」に白三角傍点]成天又雪[#「雪」に白丸傍点]與梅[#「梅」に白三角傍点]併作十分春(雪字三、梅、詩、有、無の四字は各※[#二の字点、1−2−22]二)
(梅あるも雪なくんば精神ならず、雪あるも詩なくんば人を俗了す。薄暮詩成りて天又た雪ふり、梅と併せて十分の春を作《な》す。)


 野外     蔡節齋

松[#「松」に白丸傍点]裏安亭松[#「松」に白丸傍点]作門看書松[#「松」に白丸傍点]下坐松[#「松」に白丸傍点]根閑來又倚松[#「松」に白丸傍点]陰睡淅瀝松[#「松」に白丸傍点]聲繞夢魂(松字六)
(松裏に亭を安んじ松を門と作《な》し、書を松下に看て松根に坐す。閑来又た松陰に倚りて睡れば、淅瀝たる松声夢魂を繞る。)


 吉祥探花     蔡君謨

花[#「花」に白丸傍点]未[#「未」に白三角傍点]全開月[#「月」に白丸傍点]未[#「未」に白三角傍点]圓看花[#「花」に白丸傍点]待月[#「月」に白丸傍点]思依然明知花月[#「花月」に白丸傍点]無情[#「情」に白三角傍点]物若使多情[#「情」に白三角傍点]更可憐(花、月の二字は各※[#二の字点、1−2−22]三、未、情の二字は各※[#二の字点、1−2−22]二)
(花未だ全開せず月未だ円かならず、花を看、月を待つの思ひ依然。明かに知る花月は無情の物なるを、若し多情ならしめば更
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