に可憐ならん。)
凭欄 蒙齋
幾度凭欄約夜深夜深[#「夜深夜深」に白丸傍点]情緒不如今如今[#「如今如今」に白丸傍点]強倚闌干立月滿[#「滿」に白三角傍点]空階霜滿[#「滿」に白三角傍点]林(夜、深、如、今、滿の五字各※[#二の字点、1−2−22]重出)
(幾度か欄に凭りて夜深を約す、夜深うして情緒今に如かず、如今強ひて闌干に倚りて立てば、月は空階に満ち霜は林に満つ。)
[#ここで字下げ終わり]
どの詩もどの詩も俗で、詩といふほどのものになつて居ない。
[#ここから3字下げ]
賀蘭溪上幾[#「幾」に白丸傍点]株松南北東西有幾[#「幾」に白丸傍点]峯買得住來今幾[#「幾」に白丸傍点]日尋常誰與坐從容
(賀蘭渓上幾株の松、南北東西幾峰か有る、買ひ得て住し来たる今幾日、尋常誰と与にか坐して從容。)
[#ここで字下げ終わり]
これは王安石の詩、三たび幾字を重用して不思議に目立たない。
○
無責任なる漢詩訳解の一例。続国訳漢文大成、蘇東坡詩集、巻四、三〇八―九頁、註釈者、釈清潭。
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「書[#二]李世南所[#レ]畫秋景[#一]
野水參差落漲痕 野水参差として漲痕落つ、
疎林※[#「奇+支」、第4水準2−13−65]倒出霜根 疎林※[#「奇+支」、第4水準2−13−65]倒して霜根出づ、
扁舟一櫂歸何處 扁舟一櫂何の処に帰る、
家在江南黄葉邨 家は江南黄葉の邨に在り、
[詩意]野水は東西南北参差として、何《いづれ》も漲痕が落ちてある、其の上の疎林は※[#「奇+支」、第4水準2−13−65]倒の形を為して霜根を露出する、扁舟は舟人一櫂して何《いづれ》の処に帰るやを知らず、察するに江南黄葉邨に帰るのであらう、其の方向に舟は進みつつある、
[字解](一)参差 不斉の貌、詩経に参差※[#「くさかんむり/行」、第3水準1−90−82]菜とある、(二)一櫂 一棹に作る本あり、」
[#ここで字下げ終わり]
これなどは巻中まだましな方であるが、有名な詩だから先づ之を見本に写し出して見た。詩意として書き付けてある文章は、中学生の答案としても恐らく落第点であらう。文章のよしあしは別として、「漲痕」とは何のことか、「漲痕が落ちてある」とはどういふ意味か、「疎林が※[#「奇+支」、第4水準2−13−65]倒の形を為す」とは何のことか、「舟人が一櫂する」とはどんな事をするのか、これでは総て解釈になつて居ない。こんな日本文が分かるやうなら、何も国訳本を必要としないであらう。不親切な註釈もあつたものだ。
長い詩は写し取るのが面倒だから、絶句だけについて、も少し見本を並べて見よう。
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「與[#二]王郎[#一]夜飮[#二]井水[#一]
呉興六月水泉温 呉興六月水泉温なり、
千頃菰蒲聚※[#「鬥<((卯/亞の下半分)+斤)」、第3水準1−94−31]蚊 千頃の菰蒲※[#「鬥<((卯/亞の下半分)+斤)」、第3水準1−94−31]蚊を聚む、
此井獨能深一丈 此の井独り能く深きこと一丈、
源龍如我亦如君 源竜我の如く亦君の如し、
[詩意]呉興の六月は水泉温かである、千頃の菰蒲に※[#「鬥<((卯/亞の下半分)+斤)」、第3水準1−94−31]蚊が集る、此の井は独り深きこと一丈、源竜我の如く亦君の如くである、」
[#ここで字下げ終わり]
これだけの説明でこの詩の意味が分かるつもりなのであらうか。そもそも筆者自身がこの詩を理解し得たのであらうか。――今一つ。
[#ここから3字下げ]
「南堂五首(其五)
掃地焚香閉閣眠 地を掃ひ香を焚き閣を閉ぢて眠る、
簟紋如水帳如煙 簟紋水の如く帳は煙の如し、
客來夢覺知何處 客来りて夢覚め知る何れの処ぞ、
挂起西窗浪接天 挂起すれば西窓浪天に接す、
[詩意]地を掃ひ香を焚き閣を閉ぢて眠る、簟紋は冷水の如くにて帳帷は煙の如くである、客来の声を聞いて夢より覚めて客は何処ぞと云うて、挂起すれば西窓の外は浪が天に接する勢である、
[字解](一)簟紋 夏日に敷いて坐する具、(二)帳如煙 太白の詩、碧紗如[#レ]煙隔[#レ]窓語と、李義山の詩、水紋簟滑鋪[#二]牙牀[#一]と、」
[#ここで字下げ終わり]
世間に名の知れた漢詩人でありながら、平気でこんなことを書き並べて居るのは、不思議に感じられる。
○
漢詩を日本読みにするのは、簡単なことのやうで、実は読む人の当面の詩に対する理解の程度や、その人の日本文に対する神経の鋭鈍などによつて左右され、自然、同じ詩でも人によつて読み方が違ふ。
日本人の作る漢詩は之を日本読みにする
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