なりました。それでも僕は我慢していました。そして、
「おおい、待ってくれえ」
と声を出してしまいました。人間の言葉が帽子にわかるはずはないとおもいながらも、声を出さずにはいられなくなってしまったのです。そうしたら、どうでしょう、帽子が――その時はもう学校の正門の所まで来ていましたが――急に立ちどまって、こっちを振り向いて、
「やあい、追いつかれるものなら、追いついて見ろ」
といいました。確かに帽子がそういったのです。それを聞くと、僕は「何糞《なにくそ》」と敗《ま》けない気が出て、いきなりその帽子に飛びつこうとしましたら、帽子も僕も一緒になって学校の正門の鉄の扉を何《なん》の苦もなくつき抜けていました。
あっと思うと僕は梅組の教室の中にいました。僕の組は松組なのに、どうして梅組にはいりこんだか分りません。飯本《いいもと》先生が一|銭銅貨《せんどうか》を一枚皆に見せていらっしゃいました。
「これを何枚呑むとお腹《なか》の痛みがなおりますか」
とお聞きになりました。
「一枚呑むとなおります」
とすぐ答えたのはあばれ坊主の栗原《くりはら》です。先生が頭を振られました。
「二枚です」と
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