逃げのびました。
 四《よ》つ角《かど》の学校の、道具を売っているおばさんの所まで来ると帽子のやつ、そこに立ち止まって、独楽《こま》のように三、四|遍《へん》横まわりをしたかと思うと、調子をつけるつもりかちょっと飛び上がって、地面に落ちるや否や学校の方を向いて驚くほど早く走りはじめました。見る見る歯医者の家《うち》の前を通り過ぎて、始終僕たちをからかう小僧のいる酒屋の天水桶《てんすいおけ》に飛び乗って、そこでまたきりきり舞いをして桶のむこうに落ちたと思うと、今度は斜《はす》むこうの三|軒長屋《げんながや》の格子窓の中ほどの所を、風に吹きつけられたようにかすめて通って、それからまた往来の上を人通りがないのでいい気になって走ります。僕も帽子の走るとおりを、右に行ったり左に行ったりしながら追いかけました。夜のことだからそこいらは気味の悪いほど暗いのだけれども、帽子だけははっきりとしていて、徽章《きしょう》までちゃんと見えていました。それだのに帽子はどうしてもつかまりません。始めの中《うち》は面白くも思いましたが、その中に口惜《くや》しくなり、腹が立ち、しまいには情けなくなって、泣き出しそうに
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