僕は夢中になって、そこにあった草履《ぞうり》をひっかけて飛び出しました。そして格子戸を開けて、ひしゃげた帽子を拾おうとしたら、不思議にも格子戸がひとりでに音もなく開《ひら》いて、帽子がひょいと往来《おうらい》の方へ転《ころ》がり出《だし》ました。格子戸のむこうには雨戸が締まっているはずなのに、今夜に限ってそれも開いていました。けれども僕はそんなことを考えてはいられませんでした。帽子がどこかに見えなくならない中《うち》にと思って、慌《あわ》てて僕も格子戸のあきまから駈《か》け出しました。見ると帽子は投げられた円盤《えんばん》のように二、三|間《げん》先きをくるくるとまわって行《ゆ》きます。風も吹いていないのに不思議なことでした。僕は何しろ一生懸命に駈け出して帽子に追いつきました。まあよかったと安心しながら、それを拾おうとすると、帽子は上手《じょうず》に僕の手からぬけ出して、ころころと二、三間先に転がって行くではありませんか。僕は大急ぎで立ち上がってまたあとを追《お》いかけました。そんな風《ふう》にして、帽子は僕につかまりそうになると、二|間《けん》転がり、三間転がりして、どこまでも僕から
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