土下座せんばかりの母親の挨拶などに対しても、父は監督に対すると同時に厳格な態度を見せて、やおら靴を脱ぎ捨てると、自分の設計で建て上げた座敷にとおって、洋服のままきちんと囲炉裡《いろり》の横座にすわった。そして眼鏡をはずす間もなく、両手を顔にあてて、下の方から、禿《は》げ上がった両鬢《りょうびん》へとはげしくなで上げた。それが父が草臥《くたび》れた時のしぐさであると同時に、何か心にからんだことのある時のしぐさだ。彼は座敷に荷物を運び入れる手伝いをした後、父の前に座を取って、そのしぐさに対して不安を感じた。今夜は就寝がきわめて晩《おそ》くなるなと思った。
二人が風呂から上がると内儀《おかみ》さんが食膳を運んで、監督は相伴なしで話し相手をするために部屋の入口にかしこまった。
父は風呂で火照《ほて》った顔を双手《りょうて》でなで上げながら、大きく気息《いき》を吐き出した。内儀《おかみ》さんは座にたえないほどぎごちない思いをしているらしかった。
「風呂桶をしかえたな」
父は箸を取り上げる前に、監督をまともに見てこう詰《なじ》るように言った。
「あまり古くなりましたんでついこの間……」
「費
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