親子
有島武郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)輪廓《りんかく》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|抱《かか》え
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「足へん+徙」、173−12]
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彼は、秋になり切った空の様子をガラス窓越しに眺めていた。
みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓《りんかく》を描いて白く光るあの夏の雲の姿はもう見られなかった。薄濁った形のくずれたのが、狂うようにささくれだって、澄み切った青空のここかしこに屯《たむろ》していた。年の老いつつあるのが明らかに思い知られた。彼はさきほどから長い間ぼんやりとそのさまを眺めていたのだ。
「もう着くぞ」
父はすぐそばでこう言った。銀行から歳暮によこす皮表紙の懐中手帳に、細手の鉛筆に舌の先の湿りをくれては、丹念に何か書きこんでいた。スコッチの旅行服の襟《えり》が首から離れるほど胸を落として、一心不乱に考えごとをしながらも、気ぜわしなくこんな注意をするような父だっ
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