とにかく嘘をしなければ生きて行けないような世の中が無我無性にいやなんです。ちょっと待ってください。も少し言わせてください。……嘘をするのは世の中ばかりじゃもちろんありません。私自身が嘘のかたまりみたいなものです。けれどもそうでありたくない気持ちがやたらに私を攻め立てるのです。だから自分の信じている人や親しい人が私の前で平気で嘘をやってるのを見ると、思わず知らず自分のことは棚に上げて腹が立ってくるのです。これもしかたがないと思うんですが、……」
「遊んでいて飯が食えると自由自在にそんな気持ちも起こるだろうな」
何を太平楽を言うかと言わんばかりに、父は憎々しく皮肉を言った。
「せめては遊びながら飯の食えるものだけでもこんなことを言わなければ罰《ばち》があたりますよ」
彼も思わず皮肉になった。父に養われていればこそこんなはずかしめも受けるのだ。なんという弱い自分だろう。彼は皮肉を言いながらも自分のふがいなさをつくづく思い知らねばならなかった。それと同時に親子の関係がどんな釘に引っかかっているかを垣間《かいま》見たようにも思った。親子といえども互いの本質にくると赤の他人にすぎないのだなとい
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