奮していた自分を後《うし》ろめたく見いだした。父はさらに言葉を続けた。
「こんな小さな農場一つをこれだけにするのにも俺《わ》しがどれほど苦心をしたかお前は現在見ていたはずだ。いらざる取り越し苦労ばかりすると思うかもしれんが、あれほどの用意をしても世の中の事は水が漏れたがるものでな。そこはお前のような理屈一|遍《ぺん》ではとてもわかるまいが」
 なるほどそれは彼にとっては手痛い刃だ。そこまで押しつめられると、今までの彼は何事も言い得ずに黙ってしまっていた。しかし今夜こそはそこを突きぬけよう。そして父に彼の本質をしっかり知ってもらおうと心を定めた。
「わからないかもしれません。実際あなたが東京を発《た》つ前からこの事ばかり思いつめていらっしゃるのを見ていると、失礼ながらお気の毒にさえ感じたほどでした。……私は全くそうした理想屋です。夢ばかり見ているような人間です。……けれども私の気持ちもどうか考えてください。私はこれまで何一つしでかしてはいません。自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こうして考えているばかりで暮らすのかもしれないんですが、
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