すまいよ。とにかく商売だって商売道と申します。不束《ふつつか》ながらそれだけの道は尽くしたつもりでございますが、それを信じていただけなければお話には継《つ》ぎ穂の出ようがありませんです。……じゃ早田君、君のことは十分申し上げておいたから、これからこちらの人になって一つ堅固にやってあげてくださいまし。……私はこれで失礼いたします」
 とはきはき言って退《の》けた。彼にはこれは実に意外の言葉だった。父は黙ってまじまじと癇癪玉《かんしゃくだま》を一時に敲《たた》きつけたような言葉を聞いていたが、父にしては存外穏やかななだめるような調子になっていた。
「なにも俺《わ》しはそれほどあなたに信用を置かんというのではないのですが、事務はどこまでも事務なのだから明らかにしておかなければ私の気が済まんのです。時刻も遅いからお泊りなさい今夜は」
「ありがとうございますが帰らせていただきます」
「そうですか、それではやむを得ないが、では御相談のほうは今までのお話どおりでよいのですな」
「御念には及びません。よいようにお取り計らいくださればそれでもう結構でございます」
 矢部はこのうえ口をきくのもいやだという
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