んめんどうなものだろう、これだけの仕事にでも眼鼻をつけるということは」
「そうですねえ」
彼はしかたなくこう答えた。父はすぐ彼の答えの響きの悪さに感づいたようだった。そしてまたもや忌わしい沈黙が来た。彼には父の気持ちが十分にわかっていたのだ。三十にもなろうとする息子をつかまえて、自分がこれまでに払ってきた苦労を事新しく言って聞かせるのも大人気《おとなげ》ないが、そうかといって、農場に対する息子の熱意が憐れなほど燃えていないばかりでなく、自分に対する感恩の気持ちも格別動いているらしくも見えないその苦々しさで、父は老年にともすると付きまつわるはかなさと不満とに悩んでいるのだ。そして何事もずばずばとは言い切らないで、じっとひとりで胸の中に湛《たた》えているような性情《せいじょう》にある憐れみさえを感じているのだ。彼はそうした気持ちが父から直接に彼の心の中に流れこむのを覚えた。彼ももどかしく不愉快だった。しかし父と彼との間隔があまりに隔たりすぎてしまったのを思うと、むやみなことは言いたくなかった。それは結局二人の間を彌縫《びほう》ができないほど離してしまうだけのものだったから。そしてこの老年
前へ
次へ
全45ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング