気持ちに沈んで行った。おまけに二人をまぎらすような物音も色彩もそこには見つからなかった。なげしにかかっている額といっては、黒住教《くろずみきょう》の教主の遺訓の石版と、大礼服を着ていかめしく構えた父の写真の引き延ばしとがあるばかりだった。そしてあたりは静まり切っていた。基石の底のようだった。ただ耳を澄ますと、はるか遠くで馬鈴薯をこなしているらしい水車の音が単調に聞こえてくるばかりだった。
 父は黙って考えごとでもしているのか、敷島を続けざまにふかして、膝の上に落とした灰にも気づかないでいた。彼はしょうことなしに監督の持って来た東京新聞の地方版をいじくりまわしていた。北海道の記事を除いたすべては一つ残らず青森までの汽車の中で読み飽いたものばかりだった。
「お前は今日の早田の説明で農場のことはたいてい呑みこめたか」
 ややしばらくしてから父は取ってつけたようにぽっつりとこれだけ言って、はじめてまともに彼を見た。父がくどくどと早田にいろいろな報告をさせたわけが彼にはわかったように思えた。
「たいていわかりました」
 その答えを聞くと父は疑わしそうにちらっともう一度彼を鋭く見やった。
「ずいぶ
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