かったのだ。この場になって、その間の父の苦心というものを考えてみないではなかった。父がこうして北海道の山の中に大きな農場を持とうと思い立ったのも、つまり彼の将来を思ってのことだということもよく知っていた。それを思うと彼は黙って親子というものを考えたかった。
「お前は夕飯はどうした」
そう突然父が尋ねた。監督はいつものとおり無表情に見える声で、
「いえなに……」
と曖昧《あいまい》に答えた。父は蒲団《ふとん》の左角にひきつけてある懐中道具の中から、重そうな金時計を取りあげて、眼を細めながら遠くに離して時間を読もうとした。
突然事務所の方で弾条《ゼンマイ》のゆるんだらしい柱時計が十時を打った。彼も自分の時計を帯の間に探ったが十時半になっていた。
「十時半ですよ。あなたまだ食わないんだね」
彼は少し父にあたるような声で監督にこう言った。
それにもかかわらず父は存外平気だった。
「そうか。それではもういいから行って食うといい。俺《わ》しもお前の年ごろの時分には、飯も何も忘れてからに夜ふかしをしたものだ。仕事をする以上はほかのことを忘れるくらいでなくてはおもしろくもないし、甘《うま》く
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