きただしているのじゃないか。もう一度俺しの言うことをよく聞いてみるがいい」
そう言って、父は自分の質問の趣意を、はたから聞いているときわめてまわりくどく説明するのだったが、よく聞いていると、なるほどとうなずかれるほど急所にあたったことを言っていたりした。若い監督も彼の父の質問をもっとありきたりのことのように取っていたのだ。監督は、質問の意味を飲み込むことができると礑《は》たと答えに窮したりした。それはなにも監督が不正なことをしていたからではなく会計上の知識と経験との不足から来ているのに相違ないのだが、父はそこに後ろ暗いものを見つけでもしたようにびしびしとやり込めた。
彼にはそれがよく知れていた。けれども彼は濫《みだ》りなさし出口はしなかった。いささかでも監督に対する父の理解を補おうとする言葉が彼の口から漏れると、父は彼に向かって悪意をさえ持ちかねないけんまくを示したからだ。彼は単に、農場の事務が今日までどんな工合《ぐあい》に運ばれていたかを理解しようとだけ勉《つと》めた。彼は五年近く父の心に背《そむ》いて家には寄りつかなかったから、今までの成り行きがどうなっているか皆目見当がつかな
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