》えて、ガラス板を張りつめたように平らに広がっていた。家の中にいても火種の足りない火鉢にしがみついて、しきりに盗風《すきまかぜ》の忍びこむのに震えていなければならぬ清逸にとっては、屋外の寒さもそう気にならなかったが、とにかく冬が紙一重に逼《せま》ってきた山間の空気は針を刺すように身にこたえた。彼は首をすくめ、懐《ふとこ》ろ手をしながら、落葉や朽葉とともにぬかるみになった粘土質の県道を、難渋《なんじゅう》し抜いて孵化場《ふかじょう》の方へと川沿いを溯《さかのぼ》っていった。
風は死んだようにおさまっている。それだのに枝頭を離れて地に落ちる木の葉の音は繁かった。かさこそと雑木の葉が、ばさりと朴《ほう》の木の広葉が、……朴の木の葉は雪のように白く曝《さ》らされていた。
自分の家からやや一町も離れた所まで来ると、清逸は川べりの方に自分で踏みならした細道を見出して、その方へと下りていった。赤に、黄に、紫に、からからに乾いて蝕まれた野葡萄《のぶどう》の葉と、枯|蓬《よもぎ》とが虫の音も絶えはてた地面の上に干からびて縦横に折り重なっていた。常住|湿《しめ》り気の乾ききらないような黒土と混って、大小の丸石が歩む人の足を妨げるようにおびただしく転《ころ》がっていた。その高低を体の中心を取りながら辿《たど》っていくと、水嵩《みずかさ》の減った千歳川が、四間ほどの幅を眼まぐるしく流れていた。清逸はいつもの所に行って落葉をかきのけた。一夜の間に落ちる木の葉の数はそれほどおびただしかった。袂《たもと》の中から紙屑をつぎつぎに取りだしてそれをそこの穴に捨てた。夕方のかすかな光の中に青白い印象を清逸の眼に残して、その紙屑は一つ一つ地に落ちた。喀痰《かくたん》[#「喀痰」は底本では「喀啖」]の中に新鮮な血の交ったのがいくつも出てくるのを見ると、知らず知らず溜息が出た。古い紙屑の上に新しい紙屑がぼろぼろと白く重なっていった。清逸はやがて大儀そうにその上をまた落葉で掩《おお》うて立ち上った。そして何んということもなくそこに佇《たたず》んで川面を眺めやった。半年という長い眠りにはいりこもうとするような自然は、それを眺める人の心を、寒く閉ざしていく静かさをもって、静かに最後の呼吸をしているようだった。枝を離れた一枚の木の葉が、流れに漂う小舟のように、その重く澱《よど》んだ空気の中を落ちもせず、ひらひら
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