せきこんでこういったが、何か自分の言葉が下品に響いたようだった。
 戸外では寒いからっ風が勢いこんで吹きすさんでいるらしく、建てつけの悪るい障子が磨《す》りへらされた溝ときしり合って、けたたましい音を立てていた。この時始めてそれに気がつくと、人見は話の糸目を探りあてたように思って、落着きを見せて畳の上の金を蟇口にしまいこみながら、
「こりゃいよいよ冬が来るんだよ。また今年も天長節《てんちょうせつ》には大雪だろうね。星野はどうしているかしらん」
 と園の心を占めているらしくみえる名前の方に漕ぎ寄せていった。
「星野君からは昨日手紙を貰ったっけ。すっかり冬が来るまでは千歳にいるのだそうだ。別に健康が悪いというのでもなさそうだが、気候の変り目はあの病気にやはりよくないのだろうね」
 そういって園は静かに人見を見上げたが、その眼は人見を見ているというよりも、遠い千歳の方を見すかしているように見えた。人見は人見で、今蟇口をしまいこんだポッケットの中に、おたけから来た手紙が二つに折ってしまいこまれてあるのを意識していた。彼はそれを撫《な》でてみた。園に対して感じるとはまったく違った暖かい、ふくよかな感じが、みるみる胸いっぱいに漲《みなぎ》ってきた。
「君はこのごろはどうなの」
 園がしばらくしてからこういった。園の眼は今度はまさしく人見を見やっていた。人見は不意を衝かれたように思って、ちょっと尻ごみをしていたが、慌て気味に手が襟巻のところに行ったと思うと、今まで少しも出なかった咳が軽く喉許を擽《くすぐ》るのを覚えた。しかし人見はわざとその咳を呑みこんでしまった。
「なあに、僕のはたいしたことはないんだよ」
 まったく医者が見てくれるたびごと、たいしたことはないというのだが、それが何か物足らないのだけれども、この場合やはり医者がいうようにいうのが恰好だと人見は思ったのだ。そして園という男は変にストイックじみた奴だなと思った。
     *    *    *
 紺の上っぱりを着て、古ぼけた手拭で姉さんかぶりをした母が、後ろ向きに店の隅に立って、素麺《そうめん》箱の中をせせりながら、
「またこの寒いにお前どこかに出けるのけえ」
 というのを聞き流しにして清逸は家を出た。
 夕方だった。道を隔てて眼の前にふさがるように切り立った高い崕《がけ》の上に、やや黄味を帯びた青空が寒々と冴《さ
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