をしながら静かに縫物をしていらしった。その側《そば》で鉄瓶《てつびん》のお湯がいい音をたてて煮えていた。
 僕にはそこがそんなに静かなのが変に思えた。八っちゃんの病気はもうなおっているのかも知れないと思った。けれども心の中《うち》は駈けっこをしている時見たいにどきんどきんしていて、うまく口がきけなかった。
「お母さん……お母さん……八っちゃんがね……こうやっているんですよ……婆やが早く来てって」
 といって八っちゃんのしたとおりの真似《まね》を立ちながらして見せた。お母さんは少しだるそうな眼をして、にこにこしながら僕を見たが、僕を見ると急に二つに折っていた背中を真直《まっすぐ》になさった。
「八っちゃんがどうかしたの」
 僕は一生懸命|真面目《まじめ》になって、
「うん」
 と思い切り頭を前の方にこくりとやった。
「うん……八っちゃんがこうやって……病気になったの」
 僕はもう一度前と同じ真似をした。お母さんは僕を見ていて思わず笑おうとなさったが、すぐ心配そうな顔になって、大急ぎで頭にさしていた針を抜いて針さしにさして、慌《あわ》てて立ち上って、前かけの糸くずを両手ではたきながら、僕の
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