ふきふき立って行った。
 泣きわめいている八っちゃんをあやしながら、お母さんはきつい眼をして、僕に早く碁石をしまえと仰有った。僕は叱《しか》られたような、悪いことをしていたような気がして、大急ぎで、碁石を白も黒もかまわず入れ物にしまってしまった。
 八っちゃんは寝床の上にねかされた。どこも痛くはないと見えて、泣くのをよそうとしては、また急に何か思い出したようにわーっと泣き出した。そして、
「さあもういいのよ八っちゃん。どこも痛くはありませんわ。弱いことそんなに泣いちゃあ。かあちゃんがおさすりしてあげますからね、泣くんじゃないの。……あの兄さん」
 といって僕を見なすったが、僕がしくしくと泣いているのに気がつくと、
「まあ兄さんも弱虫ね」
 といいながらお母さんも泣き出しなさった。それだのに泣くのを僕に隠して泣かないような風《ふう》をなさるんだ。
「兄さん泣いてなんぞいないで、お坐蒲団《ざぶとん》をここに一つ持って来て頂戴《ちょうだい》」
 と仰有った。僕はお母さんが泣くので、泣くのを隠すので、なお八っちゃんが死ぬんではないかと心配になってお母さんの仰有るとおりにしたら、ひょっとして八っ
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