らそれでいいから泣くのをやめましょう、ね。次ぎの時間には教場に出ないでもよろしいから、私《わたくし》のこのお部屋に入らっしゃい。静かにしてここに入らっしゃい。私が教場から帰るまでここに入らっしゃいよ。いい。」と仰りながら僕を長椅子《ながいす》に坐《すわ》らせて、その時また勉強の鐘がなったので、机の上の書物を取り上げて、僕の方を見ていられましたが、二階の窓まで高く這《は》い上《あが》った葡萄蔓《ぶどうづる》から、一房《ひとふさ》の西洋葡萄をもぎって、しくしくと泣きつづけていた僕の膝《ひざ》の上にそれをおいて静かに部屋を出て行きなさいました。

     三

 一時《いちじ》がやがやとやかましかった生徒達はみんな教場《きょうじょう》に這入《はい》って、急にしんとするほどあたりが静かになりました。僕は淋《さび》しくって淋しくってしようがない程《ほど》悲しくなりました。あの位好きな先生を苦しめたかと思うと僕は本当に悪いことをしてしまったと思いました。葡萄《ぶどう》などは迚《とて》も喰《た》べる気になれないでいつまでも泣いていました。
 ふと僕は肩を軽くゆすぶられて眼をさましました。僕は先生の
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