部屋《へや》でいつの間にか泣寝入りをしていたと見えます。少し痩《や》せて身長《せい》の高い先生は笑顔《えがお》を見せて僕を見おろしていられました。僕は眠ったために気分がよくなって今まであったことは忘れてしまって、少し恥しそうに笑いかえしながら、慌《あわ》てて膝の上から辷《すべ》り落ちそうになっていた葡萄の房をつまみ上げましたが、すぐ悲しいことを思い出して笑いも何も引込んでしまいました。
「そんなに悲しい顔をしないでもよろしい。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたはお帰りなさい。そして明日《あす》はどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと私《わたくし》は悲しく思いますよ。屹度《きっと》ですよ。」
 そういって先生は僕のカバンの中にそっと葡萄の房を入れて下さいました。僕はいつものように海岸通りを、海を眺《なが》めたり船を眺めたりしながらつまらなく家《いえ》に帰りました。そして葡萄をおいしく喰べてしまいました。
 けれども次の日が来ると僕は中々学校に行く気にはなれませんでした。お腹《なか》が痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、
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