》いのいちばん奥に、中年の男に特有なふけ[#「ふけ」に傍点]のような不快な香《にお》い、他人ののであったなら葉子はひとたまりもなく鼻をおおうような不快な香《にお》いをかぎつけると、葉子は肉体的にも一種の陶酔を感じて来るのだった。その倉地が妻や娘たちに取り巻かれて楽しく一|夕《せき》を過ごしている。そう思うとあり合わせるものを取って打《ぶ》ちこわすか、つかんで引き裂きたいような衝動がわけもなく嵩《こう》じて来るのだった。
 それでも倉地が帰って来ると、それは夜おそくなってからであっても葉子はただ子供のように幸福だった。それまでの不安や焦躁はどこにか行ってしまって、悪夢から幸福な世界に目ざめたように幸福だった。葉子はすぐ走って行って倉地の胸にたわいなく抱かれた。倉地も葉子を自分の胸に引き締めた。葉子は広い厚い胸に抱かれながら、単調な宿屋の生活の一日中に起こった些細《ささい》な事までを、その表情のゆたかな、鈴のような涼しい声で、自分を楽しませているもののごとく語った。倉地は倉地でその声に酔いしれて見えた。二人《ふたり》の幸福はどこに絶頂があるのかわからなかった。二人だけで世界は完全だった。葉
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