れは単に慰みばかりではない、知っておかなければならない大事な事だった。そう葉子は思った。そして女中を呼んで東京に電話をつなぐように頼んだ。
 祭日であったせいか電話は思いのほか早くつながった。葉子は少しいたずららしい微笑を笑窪《えくぼ》のはいるその美しい顔に軽く浮かべながら、階段を足早に降りて行った。今ごろになってようやく床を離れたらしい男女の客がしどけないふうをして廊下のここかしこで葉子とすれ違った。葉子はそれらの人々には目もくれずに帳場に行って電話室に飛び込むとぴっしり[#「ぴっしり」に傍点]と戸をしめてしまった。そして受話器を手に取るが早いか、電話に口を寄せて、
 「あなた義一さん? あゝそう。義一さんそれは滑稽《こっけい》なのよ」
 とひとりで[#「ひとりで」に傍点]にすらすらといってしまってわれながら葉子ははっ[#「はっ」に傍点]と思った。その時の浮き浮きした軽い心持ちからいうと、葉子にはそういうより以上に自然な言葉はなかったのだけれども、それではあまりに自分というものを明白にさらけ出していたのに気が付いたのだ。古藤は案のじょう答え渋っているらしかった。とみには返事もしないで
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