ざいますから、たんと込み合いはいたしますまいけれども」
 そう応《こた》えながら女中は、昨晩おそく着いて来た、ちょっと得体《えたい》の知れないこの美しい婦人の素性《すじょう》を探ろうとするように注意深い目をやった。葉子は葉子で「浜」という言葉などから、横浜という土地を形にして見るような気持ちがした。
 短くなってはいても、なんにもする事なしに一日を暮らすかと思えば、その秋の一日の長さが葉子にはひどく気になり出した。明後日東京に帰るまでの間に、買い物でも見て歩きたいのだけれども、土産物《みやげもの》は木村が例の銀行切手をくずしてあり余るほど買って持たしてよこしたし、手もとには哀れなほどより金は残っていなかった。ちょっとでもじっ[#「じっ」に傍点]としていられない葉子は、日本で着ようとは思わなかったので、西洋向きに注文した華手《はで》すぎるような綿入れに手を通しながら、とつ追いつ考えた。
 「そうだ古藤《ことう》に電話でもかけてみてやろう」
 葉子はこれはいい思案だと思った。東京のほうで親類たちがどんな心持ちで自分を迎えようとしているか、古藤のような男に今度の事がどう響いているだろうか、こ
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