、ちゃん[#「ちゃん」に傍点]と聞こえているらしいのに、ただ「なんです?」と聞き返して来た。葉子にはすぐ東京の様子を飲み込んだように思った。
 「そんな事どうでもよござんすわ。あなたお丈夫でしたの」
 といってみると「えゝ」とだけすげない返事が、機械を通してであるだけにことさらすげなく響いて来た。そして今度は古藤のほうから、
 「木村……木村君はどうしています。あなた会ったんですか」
 とはっきり[#「はっきり」に傍点]聞こえて来た。葉子はすかさず、
 「はあ会いましてよ。相変わらず丈夫でいます。ありがとう。けれどもほんとうにかわいそうでしたの。義一さん……聞こえますか。明後日《あさって》私東京に帰りますわ。もう叔母《おば》の所には行けませんからね、あすこには行きたくありませんから……あのね、透矢町《すきやちょう》のね、双鶴館《そうかくかん》……つがいの鶴《つる》……そう、おわかりになって?……双鶴館に行きますから……あなた来てくだされる?……でもぜひ聞いていただかなければならない事があるんですから……よくって?……そうぜひどうぞ。明々後日《しあさって》の朝? ありがとうきっと[#「き
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