きもき[#「やきもき」に傍点]しながらひねり回したり、膝掛《ひざか》けの厚い地《じ》をぎゅっ[#「ぎゅっ」に傍点]と握り締めたりして、はやる心を押ししずめようとしてみるけれどもそれをどうする事もできなかった。車がようやく池の端に出ると葉子は右、左、と細い道筋の角々《かどかど》でさしずした。そして岩崎《いわさき》の屋敷裏にあたる小さな横町の曲がりかどで車を乗り捨てた。
一か月の間《あいだ》来ないだけなのだけれども、葉子にはそれが一年にも二年にも思われたので、その界隈《かいわい》が少しも変化しないで元のとおりなのがかえって不思議なようだった。じめじめした小溝《こみぞ》に沿うて根ぎわの腐れた黒板塀《くろいたべい》の立ってる小さな寺の境内《けいだい》を突っ切って裏に回ると、寺の貸し地面にぽっつり[#「ぽっつり」に傍点]立った一|戸建《こだ》ての小家が乳母《うば》の住む所だ。没義道《もぎどう》に頭を切り取られた高野槇《こうやまき》が二本|旧《もと》の姿で台所前に立っている、その二本に干《ほ》し竿《ざお》を渡して小さな襦袢《じゅばん》や、まる洗いにした胴着《どうぎ》が暖かい日の光を受けてぶら下が
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