までかぶった。そしてだいぶ夜がふけてから倉地が寝に来るまで快い安眠に前後を忘れていた。

    二四

 その次の朝女将と話をしたり、呉服屋を呼んだりしたので、日がかなり高くなるまで宿にいた葉子は、いやいやながら例のけばけばしい綿入れを着て、羽織《はおり》だけは女将が借りてくれた、妹分という人の烏羽黒《うばぐろ》の縮緬《ちりめん》の紋付きにして旅館を出た。倉地は昨夜の夜《よ》ふかしにも係わらずその朝早く横浜のほうに出かけたあとだった。きょうも空は菊|日和《びより》とでもいう美しい晴れかたをしていた。
 葉子はわざと宿で車を頼んでもらわずに、煉瓦《れんが》通りに出てからきれいそうな辻待《つじま》ちを傭《やと》ってそれに乗った。そして池《いけ》の端《はた》のほうに車を急がせた。定子を目の前に置いて、その小さな手をなでたり、絹糸のような髪の毛をもてあそぶ事を思うと葉子の胸はわれにもなくただわくわくとせき込んで来た。眼鏡橋《めがねばし》を渡ってから突き当たりの大時計は見えながらなかなかそこまで車が行かないのをもどかしく思った。膝《ひざ》の上に乗せた土産《みやげ》のおもちゃや小さな帽子などをや
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