がなんであるかに気づいた。すべてにつまずいて、すべてに見限られて、すべてを見限ろうとする、苦しみぬいた一つの魂が、虚無の世界の幻の中から消えて行くのだ。そこには何の未練も執着もない。うれしかった事も、悲しかった事も、悲しんだ事も、苦しんだ事も、畢竟《ひっきょう》は水の上に浮いた泡《あわ》がまたはじけて水に帰るようなものだ。倉地が、死骸《しがい》になった葉子を見て嘆こうが嘆くまいが、その倉地さえ幻の影ではないか。双鶴館の女将《おかみ》だと思った人が、他人であったように、他人だと思ったその人が、案外双鶴館の女将であるかもしれないように、生きるという事がそれ自身幻影でなくってなんであろう。葉子は覚《さ》めきったような、眠りほうけているような意識の中でこう思った。しんしんと底も知らず澄み透《とお》った心がただ一つぎり[#「ぎり」に傍点]ぎりと死のほうに働いて行った。葉子の目には一しずくの涙も宿ってはいなかった。妙にさえて落ち付き払ったひとみを静かに働かして、部屋の中を静かに見回していたが、やがて夢遊病者のように立ち上がって、戸棚《とだな》の中から倉地の寝具を引き出して来て、それを部屋のまん中に
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