うが、そんな事を聞くんじゃないの。この下宿屋からそんな女の人が出て行きましたか」
「さよう……へ、一時間ばかり前ならお一人《ひとり》お帰りになりました」
「双鶴館のお内儀《かみ》さんでしょう」
図星《ずぼし》をさされたろうといわんばかりに葉子はわざと鷹揚《おうよう》な態度を見せてこう聞いてみた。
「いゝえそうじゃございません」
番頭は案外にもそうきっぱり[#「きっぱり」に傍点]といい切ってしまった。
「それじゃだれ」
「とにかく他のお部屋《へや》においでなさったお客様で、手前どもの商売上お名前までは申し上げ兼ねますが」
葉子もこの上の問答の無益なのを知ってそのまま番頭を返してしまった。
葉子はもう何者も信用する事ができなかった。ほんとうに双鶴館の女将《おかみ》が来たのではないらしくもあり、番頭までが倉地とぐる[#「ぐる」に傍点]になっていてしらじらしい虚言《うそ》をついたようにもあった。
何事も当てにはならない。何事もうそ[#「うそ」に傍点]から出た誠だ。……葉子はほんとうに生きている事がいやになった。
……そこまで来て葉子は始めて自分が家を出て来たほんとうの目的
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