まだにらまれずにいたんでしたから……時に奥さん」
 そういって折り入って相談でもするように正井は煙草盆を押しのけて膝《ひざ》を乗り出すのだった。人を侮ってかかって来ると思うと葉子はぐっ[#「ぐっ」に傍点]と癪《しゃく》にさわった。しかし以前のような葉子はそこにはいなかった。もしそれが以前であったら、自分の才気と力量と美貌《びぼう》とに充分の自信を持つ葉子であったら、毛の末ほども自分を失う事なく、優婉《ゆうえん》に円滑に男を自分のかけた陥穽《わな》の中におとしいれて、自縄自縛《じじょうじばく》の苦《にが》い目にあわせているに違いない。しかし現在の葉子はたわいもなく敵を手もとまでもぐりこませてしまってただいらいらとあせるだけだった。そういう破目《はめ》になると葉子は存外力のない自分であるのを知らねばならなかった。
 正井は膝《ひざ》を乗り出してから、しばらく黙って敏捷《びんしょう》に葉子の顔色をうかがっていたが、これなら大丈夫と見きわめをつけたらしく、
 「少しばかりでいいんです、一つ融通《ゆうずう》してください」
 と切り出した。
 「そんな事をおっしゃったって、わたしにどうしようもない
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