上げる上げないもいわないうちに、懇意ずくらしくどんどん玄関から上がりこんで座敷に通った。そして高価らしい西洋菓子の美しい箱を葉子の目の前に風呂敷《ふろしき》から取り出した。
 「せっかくおいでくださいましたのに倉地さんは留守ですから、はばかりですが出直してお遊びにいらしってくださいまし。これはそれまでお預かりおきを願いますわ」
 そういって葉子は顔にはいかにも懇意を見せながら、言葉には二の句がつげないほどの冷淡さと強さとを示してやった。しかし正井はしゃあ[#「しゃあ」に傍点]しゃあとして平気なものだった。ゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]内衣嚢《うちがくし》から巻煙草《まきたばこ》入れを取り出して、金口《きんぐち》を一本つまみ取ると、炭の上にたまった灰を静かにかきのけるようにして火をつけて、のどかに香《かお》りのいい煙を座敷に漂わした。
 「お留守ですか……それはかえって好都合でした……もう夏らしくなって来ましたね、隣の薔薇《ばら》も咲き出すでしょう……遠いようだがまだ去年の事ですねえ、お互い様に太平洋を往《い》ったり来たりしたのは……あのころがおもしろい盛りでしたよ。わたしたちの仕事も
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