らのがれる事のできないような奇怪の麻酔《ますい》の力を持っている。思想とか礼儀とかにわずらわされない、無尽蔵に強烈で征服的な生《き》のままな男性の力はいかな女をもその本能に立ち帰らせる魔術を持っている。しかもあの柔順らしく見える愛子は葉子に対して生まれるとからの敵意を挟《さしはさtんでいるのだ。どんな可能でも描いて見る事ができる。そう思うと葉子はわが身でわが身を焼くような未練と嫉妬《しっと》のために前後も忘れてしまった。なんとかして倉地を縛り上げるまでは葉子は甘んじて今の苦痛に堪《た》え忍ぼうとした。
そのころからあの正井という男が倉地の留守をうかがっては葉子に会いに来るようになった。
「あいつは犬だった。危うく手をかませる所だった。どんな事があっても寄せ付けるではないぞ」
と倉地が葉子にいい聞かせてから一週間もたたない後に、ひょっこり正井が顔を見せた。なかなかのしゃれ[#「しゃれ」に傍点]者で、寸分のすきもない身なりをしていた男が、どこかに貧窮をにおわすようになっていた。カラーにはうっすり汗じみができて、ズボンの膝《ひざ》には焼けこげの小さな孔《あな》が明いたりしていた。葉子が
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