見てくださいこれを。この冬は米国にいるのだとばかり決めていたので、あんなものを作ってみたんですけれども、我慢にももう着ていられなくなりましたわ。後生《ごしょう》。あなたの所に何かふだん着《ぎ》のあいたのでもないでしょうか」
 「どうしてあなた。わたしはこれでござんすもの」
 と女将《おかみ》は剽軽《ひょうきん》にも気軽くちゃん[#「ちゃん」に傍点]と立ち上がって自分の背たけの低さを見せた。そうして立ったままでしばらく考えていたが、踊りで仕込み抜いたような手つきではた[#「はた」に傍点]と膝《ひざ》の上をたたいて、
 「ようございます。わたし一つ倉地さんをびっくら[#「びっくら」に傍点]さして上げますわ。わたしの妹|分《ぶん》に当たるのに柄といい年格好といい、失礼ながらあなた様とそっくり[#「そっくり」に傍点]なのがいますから、それのを取り寄せてみましょう。あなた様は洗い髪でいらっしゃるなり……いかが、わたしがすっかり[#「すっかり」に傍点]仕立てて差し上げますわ」
 この思い付きは葉子には強い誘惑だった。葉子は一も二もなく勇み立って承知した。
 その晩十一時を過ぎたころに、まとめた荷物
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