《あたら》しい夕食を済ますと葉子は風呂《ふろ》をつかって、思い存分髪を洗った。足《た》しない船の中の淡水では洗っても洗ってもねち[#「ねち」に傍点]ねちと垢《あか》の取り切れなかったものが、さわれば手が切れるほどさば[#「さば」に傍点]さばと油が抜けて、葉子は頭の中まで軽くなるように思った。そこに女将《おかみ》も食事を終えて話相手になりに来た。
 「たいへんお遅《おそ》うございますこと、今夜のうちにお帰りになるでしょうか」
 そう女将《おかみ》は葉子の思っている事を魁《さきが》けにいった。「さあ」と葉子もはっきり[#「はっきり」に傍点]しない返事をしたが、小寒《こさむ》くなって来たので浴衣《ゆかた》を着かえようとすると、そこに袖《そで》だたみにしてある自分の着物につくづく愛想《あいそ》が尽きてしまった。このへんの女中に対してもそんなしつっこい[#「しつっこい」に傍点]けばけばしい柄《がら》の着物は二度と着る気にはなれなかった。そうなると葉子はしゃにむにそれがたまらなくなって来るのだ。葉子はうんざり[#「うんざり」に傍点]した様子をして自分の着物から女将《おかみ》に目をやりながら、
 「
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