になってみたかったのだった。軽い暖かさを感ずるままに重い縮緬《ちりめん》の羽織《はおり》を脱ぎ捨てて、ありたけの懐中物を帯の間から取り出して見ると、凝りがちな肩も、重苦しく感じた胸もすがすがしくなって、かなり強い疲れを一時に感じながら、猫板《ねこいた》の上に肘《ひじ》を持たせて居ずまいをくずしてもたれかかった。古びを帯びた蘆屋釜《あしやがま》から鳴りを立てて白く湯気の立つのも、きれいにかきならされた灰の中に、堅そうな桜炭の火が白い被衣《かつぎ》の下でほんのり[#「ほんのり」に傍点]と赤らんでいるのも、精巧な用箪笥《ようだんす》のはめ込まれた一|間《けん》の壁に続いた器用な三尺床に、白菊をさした唐津焼《からつや》きの釣《つ》り花活《はない》けがあるのも、かすかにたきこめられた沈香《じんこう》のにおいも、目のつんだ杉柾《すぎまさ》の天井板も、細《ほ》っそりと磨《みが》きのかかった皮付きの柱も、葉子に取っては――重い、硬《こわ》い、堅い船室からようやく解放されて来た葉子に取ってはなつかしくばかりながめられた。こここそは屈強の避難所だというように葉子はつくづくあたりを見回した。そして部屋《へや
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