ましてしょう。お二階へどうぞ」
 といって自分から先に立った。居合わせた女中たちは目はし[#「はし」に傍点]をきかしていろいろと世話に立った。入り口の突き当たりの壁には大きなぼん[#「ぼん」に傍点]ぼん時計が一つかかっているだけでなんにもなかった。その右手の頑丈《がんじょう》な踏み心地《ごこち》のいい階子段《はしごだん》をのぼりつめると、他の部屋《へや》から廊下で切り放されて、十六畳と八畳と六畳との部屋が鍵形《かぎがた》に続いていた。塵《ちり》一つすえずにきちん[#「きちん」に傍点]と掃除《そうじ》が届いていて、三か所に置かれた鉄びんから立つ湯気《ゆげ》で部屋の中は軟《やわ》らかく暖まっていた。
 「お座敷へと申すところですが、御気《ごき》さくにこちらでおくつろぎくださいまし……三間《みま》ともとってはございますが」
 そういいながら女将《おかみ》は長火鉢《ながひばち》の置いてある六畳の間《ま》へと案内した。
 そこにすわってひととおりの挨拶を言葉少なに済ますと、女将は葉子の心を知り抜いているように、女中を連れて階下に降りて行ってしまった。葉子はほんとうにしばらくなりとも一人《ひとり》
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