ち始めた。未知の女同志が出あう前に感ずる一種の軽い敵愾心《てきがいしん》が葉子の心をしばらくは余の事柄《ことがら》から切り放した。葉子は車の中で衣紋《えもん》を気にしたり、束髪《そくはつ》の形を直したりした。
昔の煉瓦建《れんがだ》てをそのまま改造したと思われる漆喰《しっくい》塗りの頑丈《がんじょう》な、角《かど》地面の一構えに来て、煌々《こうこう》と明るい入り口の前に車夫が梶棒《かじぼう》を降ろすと、そこにはもう二三人の女の人たちが走り出て待ち構えていた。葉子は裾前《すそまえ》をかばいながら車から降りて、そこに立ちならんだ人たちの中からすぐ女将《おかみ》を見分ける事ができた。背たけが思いきって低く、顔形も整ってはいないが、三十女らしく分別《ふんべつ》の備わった、きかん[#「きかん」に傍点]気らしい、垢《あか》ぬけのした人がそれに違いないと思った。葉子は思い設けた以上の好意をすぐその人に対して持つ事ができたので、ことさら快い親しみを持ち前の愛嬌《あいきょう》に添えながら、挨拶《あいさつ》をしようとすると、その人は事もなげにそれをさえぎって、
「いずれ御挨拶は後ほど、さぞお寒うござい
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