あらしの前のような暗い徴候を現わし出して、国人全体は一種の圧迫を感じ出していた。臥薪嘗胆《がしんしょうたん》というような合い言葉がしきりと言論界には説かれていた。しかしそれと同時に日清《にっしん》戦争を相当に遠い過去としてながめうるまでに、その戦役の重い負担から気のゆるんだ人々は、ようやく調整され始めた経済状態の下《もと》で、生活の美装という事に傾いていた。自然主義は思想生活の根底となり、当時病天才の名をほしいままにした高山樗牛《たかやまちょぎゅう》らの一団はニイチェの思想を標榜《ひょうぼう》して「美的生活」とか「清盛論《きよもりろん》」というような大胆奔放な言説をもって思想の維新を叫んでいた。風俗問題とか女子の服装問題とかいう議論が守旧派の人々の間にはかまびすしく持ち出されている間に、その反対の傾向は、殻《から》を破った芥子《けし》の種《たね》のように四方八方に飛び散った。こうして何か今までの日本にはなかったようなものの出現を待ち設け見守っていた若い人々の目には、葉子の姿は一つの天啓《てんけい》のように映ったに違いない。女優らしい女優を持たず、カフェーらしいカフェーを持たない当時の路
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