まらない事にもふと頭をもたげて、葉子はそれを押ししずめる事ができなくなった。春が来て、木の芽から畳の床《とこ》に至るまですべてのものが膨《ふく》らんで来た。愛子も貞世も見違えるように美しくなった。その肉体は細胞の一つ一つまで素早《すばや》く春をかぎつけ、吸収し、飽満するように見えた。愛子はその圧迫に堪《た》えないで春の来たのを恨むようなけだるさ[#「けだるさ」に傍点]とさびしさとを見せた。貞世は生命そのものだった。秋から冬にかけてにょき[#「にょき」に傍点]にょきと延び上がった細々したからだには、春の精のような豊麗な脂肪がしめやかにしみわたって行くのが目に見えた。葉子だけは春が来てもやせた。来るにつけてやせた。ゴム毬《まり》の弧線のような肩は骨ばった輪郭を、薄着になった着物の下からのぞかせて、潤沢な髪の毛の重みに堪《た》えないように首筋も細々となった。やせて悒鬱《ゆううつ》になった事から生じた別種の美――そう思って葉子がたよりにしていた美もそれはだんだん冴《さ》え増さって行く種類の美ではない事を気づかねばならなくなった。その美はその行く手には夏がなかった。寒い冬のみが待ち構えていた。

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