人たちは不思議に人をひきつける葉子の姿に目をそばだてた。けれども葉子はもう左手の小指を器用に折り曲げて、左の鬢《びん》のほつれ毛を美しくかき上げるあの嬌態《しな》をして見せる気はなくなっていた。室《へや》のすみに腰かけて、手携《てさ》げとパラソルとを膝《ひざ》に引きつけながら、たった一人その部屋《へや》の中にいるもののように鷹揚《おうよう》に構えていた。偶然顔を見合わせても、葉子は張りのあるその目を無邪気に(ほんとうにそれは罪を知らない十六七の乙女《おとめ》の目のように無邪気だった)大きく見開いて相手の視線をはにかみもせず迎えるばかりだった。先方の人たちの年齢がどのくらいで容貌《ようぼう》がどんなふうだなどという事も葉子は少しも注意してはいなかった。その心の中にはただ倉地の姿ばかりがいろいろに描かれたり消されたりしていた。
 列車が新橋《しんばし》に着くと葉子はしとやか[#「しとやか」に傍点]に車を出たが、ちょうどそこに、唐桟《とうざん》に角帯《かくおび》を締めた、箱丁《はこや》とでもいえばいえそうな、気のきいた若い者が電報を片手に持って、目ざとく葉子に近づいた。それが双鶴館《そうかく
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